AIに話しかけるとき、なぜか「お願いします」とか「ありがとう」とか言ってしまう。相手はAIなのに。
自分でも変だと思う。たぶん責任を取りたくないんだと思う。強く要求して何かまずいことが起きたとき、自分のせいにしたくないから柔らかくしておく。そういうことにしておこう。同調してくれるAIにすら詰められてしまったらいよいよ居場所がない。
とはいえ最近、AIを使えばなんでもそれなりにできる気になってきている。でも錯覚なのは知っている。中身をわかっていないまま使っている部分が多い。誰かが書いたコードをそのまま動かして、そこに何か変なものが混じっていても気づかない可能性がある。実際にそういう報告も上がっているようだ。食べてみて気づく、ダンボール肉まん状態である。笑えない。
しかし結局の所、ニトログリセリンは心臓の薬にもなるし爆薬にもなる。技術や知識はそういうもので、ハサミの使いようだと思っている。使う人間の判断次第。まわりのおじいちゃんたちは知った顔でその判断すらAIに委ねて楽をしようとしているが。気づかずにニトログリセリンを摂取することがないように。
ただどんどん精度が増してくれば委ねる部分も増える一方、ついてこれなくなる人も増える。こうした人たちをフォローしてあげるのもAIだったりするのかもだけど。
結局自力で考えることをやめないことがこれからの課題だと思っている。初期環境を用意するのは人間だし、そのための動機は人間の限界に関するものかもしれない。アイデア、発想力は人。もはやアートに近いような先端技術は宇宙のように裾野を伸ばしている。いつか終焉が来るのであれば、そのボトルネックは社会の限界で、だとすればアナーキーな社不が開ける風穴に技術者たちが首を突っ込み、更に大きくなった穴を使わせてもらうのだろうな。
とりあえず今日もAIと仕事した。便利だけど、たまにはこういう無駄なことも考えないと。